在宅医療部

自宅療養者への往診対応

2021/08/15 壮絶な1週間だった。先週からいよいよ首都圏のコロナ病床が満杯になり、まったく重症者が受けられない状況の中、自宅で在宅療養されているコロナ陽性者の肺炎症状が悪化しても、どこにも入院できずにもがき苦しんでいる。
保健所からの要請で緊急往診すると、30代の体格の良い男性が、薄暗い部屋で独り身動きできないほどの呼吸苦で喘いでいた。病状を伺っても、ろくに話もできない状態。SpO2 88-90%、コロナの重症度分類では重症のひとつ手前の中等度2に当たり、本来なら即入院となるレベル。苦しさのあまり前日にご自身で2度の救急要請しているが、駆けつけた救急隊も搬送先が無く、そのまま自宅に留まるしかなかったという。独り暮らしで食事も取れず、最初に処方された解熱剤も使い果たし、高熱と低酸素の苦しみが襲いかかる。人生で最も不安な日々だったことだろう。
すぐに在宅酸素を手配し、並行してステロイド治療を開始して、少しでも肺の炎症を抑え込む。こうして時間稼ぎをすることで、なんとか病勢が落ち着いてくれることを祈るしかない。薬局には必要な薬のお届けを、保健所には食料の配給を依頼。こちらの緊急連絡先の電話番号をお伝えし、今後は僕らがいつでも電話や往診で対応することを約束した。
保健所から頂く1日5-6件の往診要請は、いずれも中等度レベル。発症後7-10日目の方が多く、熱や咽頭痛に始まったウイルスによる炎症が、じわじわと肺に広がり、やがて呼吸不全を来していく感じ。20-60代がほとんどで、中には70代の親と同居していて、往診時にはすでに母親も39度の熱発で倒れていたというケースも。すでに都内のコロナ在宅療養者は2万人を越え、世田谷でも3200名を超えている。現在も区内だけで1日350名もの感染者が発生しているのだから、10日で倍になるだろう。
なにより医者として辛いのは、いまのところ在宅でできることは酸素とステロイドのみという打ち手のなさ。病院ならレムデシビルやオルミエント、抗凝固剤などこの1年半に及ぶ治療エビデンスの蓄積から、コロナは適切なタイミングで治療開始できれば、生還できる病気になりつつある。これだけ自宅療養せざるを得ない状況にあるのなら、せめて病院でできる治療を自宅でも受けられるようにすべきと思うが、いまのところこうしたコロナ治療薬は登録された医療機関でしか使用できない。
在宅でコロナを診ることは、想像以上に過酷なこと。多くの方が独りで自宅療養されていることもあり、事前に窓を開けて換気してもらえるほどの体力的余裕も無く、閉鎖空間で咳込んでいるなかに入り込まざるを得ない。もちろん玄関前からフルPPEで臨むが、換気設備が整ったコロナ病床とは異なり、そこは確実にコロナウイルスが高濃度に充満された部屋。ひとつひとつの手順にミスがあると自分の感染リスクに直結する怖さに緊張が続く。
コロナ感染者を自宅で継続的に診療していくことは、これまで備えてはきたものの、ここへきて一気に降りかかってきたことで、大混乱の1週間だった。通常診療もびっしり入っているなかで、なんとか時間をこじ開けながら対応していくこともなかなか厳しいし、こちらの感染防護のためにもコロナ往診の滞在を15分以内に終えるようにすると、不安がいっぱいの患者さんに対して、十分話を聞くことや病気や治療についての説明もできないジレンマを感じた。
いきなり出鼻に強烈な先制パンチを食らったような第1ラウンドだったが、ヘトヘトになって事務所に戻ると、さっそくスタッフが「コロナ往診用グッズセット」や「コロナ在宅療養者向けパンフレット」「コロナ患者フォローアップ管理シート」「コロナ往診のための特別業務シフト」などを整え始めていた。すぐに地域の在宅医や保健所、訪問看護師らに呼びかけて、Zoom会議でこれからさらに増えていくことを想定しての対応策を話し合った。複数の在宅医で結成したチームでLINEグループを作り、次々と届く保健所からの依頼を柔軟に分担し合えるようになった。
国際医療福祉大学成田病院でコロナ重症治療の最前線におられる遠藤拓郎先生からのコロナ治療についてのリモートレクチャーも大変勉強になった。(急なお願いに快諾頂き感謝!)今後病院側とも密に連携して、ピークアウトした方の早期退院にも在宅医が関わることで、より重症者が入院できるような役割分担も実現させていかねばと思う。
先週呼吸不全での往診要請で在宅酸素を入れて、以後は毎日電話で様子確認していた方々が、幸いそのまま在宅で酸素が不要なレベルまで回復され、フォロー終了とした。まだ10数例だが、少しずつコロナ肺炎の経過やバリエーションも経験することができた。東京はいまだ感染者数が増える一方で、まったく出口は見えないが、持久戦を想定しながら戦う準備を整えていく。あとは在宅でもまともに戦える武器がほしい。
院内のスタッフはもちろん、現場で関わる地域の連携先の皆さんの無事と、とにかく1日でも早く感染者数が減少に向かうことを祈るばかり。心身ともに疲労感や緊張感が続く難局だが、きっとこれを乗り越えた先には、在宅医療の新たな価値が生み出せそうに思う。

210815

210815-2

210815-3

210815-4