在宅医療のはじめかた―在宅医療部・座談会
「在宅医療」というキーワードを聞いたことはありますか?
「たとえ病気や障害を抱えても、住み慣れた家や地域で暮らしつづけたい」。その願いのために、毎日地域を走り回っている医療者たちがいます。今回は、桜新町アーバンクリニック在宅医療部の皆さんに、「在宅医療ってどんなことをしてくれるの?どんな人が受けられるの?」という基本的なことや、大切にしている考え方を聞いてみたいと思います。
話し手=遠矢純一郎(院長)、五味一英(医師/在宅医療部長)、國居早苗(訪問看護認定看護師/桜新町ナースケア・ステーション管理者)
聞き手=尾山直子(訪問看護師/広報)
当院の在宅医療チームのかたち
―― お話を伺うのは、桜新町アーバンクリニック在宅医療部の遠矢医師、五味医師。桜新町ナースケア・ステーションの管理者の國居看護師です。本日はよろしくお願いします。
遠矢・五味・國居
よろしくおねがいします。
―― まずは桜新町アーバンクリニック在宅医療部の形態を確認したいのですが、いくつかの事業所がひとつのチームとして動いているんですよね。
遠矢
そうですね。ぼくたち在宅医療部は、医師や看護師、リハビリ、相談員、ケアマネ、事務や運営チームなど、さまざまな専門職のチームです。「訪問診療(桜新町アーバンクリニック)」「訪問看護(桜新町ナースケア・ステーション)」「居宅介護支援(ナースケア・プランニング)」という3つの独立した事業所が、ひとつのフロアで仕事をしています。
國居
私は「訪問看護(桜新町ナースケア・ステーション)」の管理者ですが、訪問診療の手伝いをすることもあるし、「同じチーム」という意識は強いですね。でもあくまで独立した事業所なので、他のクリニックと組んで仕事をすることもあるし、そこは利用する方にとってどういう形をとるのがよいのか、を一番に考えています。
―― 在宅医療に必要な、さまざまな専門的な機能をもつクリニックと言えますよね。在宅医療を展開している組織として、世田谷区のなかでは規模が大きいんじゃないかと思います。
「在宅医療」イコール「医者の往診」ではない
―― それでは、さっそくですが「在宅医療って何?」ということから聞いていこうと思います。
遠矢
そうですね。「在宅医療」というと、ひとつに「訪問診療」が挙げられると思います。足腰が弱って通院が大変だったり、認知症があって病院に行くことが難しかったり、高齢になってくるとちょっとしたことで体調を崩しやすくなるので、「それなら医師が家に伺って診療しよう」というのが訪問診療なんですね。定期的に病院に行って薬を処方してもらっていた代わりに、医師が定期的に自宅に訪問して診察や処方をする、という感じです。
國居
訪問看護もあります。医師は診察したり処方することが役割の中心にありますが、年をとったり病気になったりすると色々な症状が出るので、それが生活に影響を及ぼしたりする。そういうときの細やかな困りごとに対応していくのが訪問看護です。
五味
家で医療を受けながら暮らす、といった時に、訪問看護師さんはたのもしい存在ですね。
國居
例えば、人工肛門や人工膀胱(*)がある、酸素を吸っていないと苦しくなってしまう、癌の痛みがあって持続的な注射をしている、とか。どんな病状でも医療をうまく生活に取り入れて、その人のペースで暮らせるように整えていく、という感じです。
(*)人工肛門・人工膀胱:何らかの病気や障害などで、消化管や膀胱などが排泄の機能を担えなくなったときにお腹などにつくられる排泄のための穴のことです。ストーマとも呼ばれます。
遠矢
そうなんだよね。「在宅医療」イコール「医者の往診」みたいに考えていると、なかなかそれだけでは済まないんですよ。病院に通院できないということは、いろいろな意味で生活に支障をきたしている人が多くて。例えば、トイレに行けないとかお風呂に入れないとか、場合によっては食事をひとりでは食べられないとか。そういう生活の難しさを抱えている人も多いから、ただ薬を処方したり検査したりするだけではなくて、「生活を支えていく」という視点が在宅医療には大事なんです。
―― 生活を支えていく、という視点。
遠矢
そう。それは医者だけでは無理だから、介護・看護に関わる人と一緒にやるのが「在宅医療」っていうことなんです。
「患者」ではなく「生活者」として見ること
國居
在宅医療がはじまろうとしているとき、訪問看護の契約に伺うと「医師だけ訪問してくれればいいです。看護師さんって何してくれるの」と言われることがあって、訪問看護の必要性の伝え方が難しいなと思うこともありますね。
五味
医者は薬を処方したりはできるけど、生活の支援っていうのはできないから、それは看護師の専門だし両方がいないと困るよね、って思っていますね。病気のからだを抱えながらどう生活していくか、それを考えるのは家族だけではなかなか難しい面もあるから、看護や介護の専門家の力が必要だなと。
―― 頼りにしてくれてありがとうございます。在宅医療の医師たちも、生活をよくみて診療してくれる人が多いですよね。
國居
医師も看護師も、「患者」ではなく「生活者」として見る、ということが一番の大事なところだと思っています。わたしたちが訪問する「家」は、患者さんたちにとってのホームであって、医療が主役の場ではないですからね。患者さん自身を中心に考えなければいけない。そういうスタンスじゃないと成り立たないと思っています。
遠矢
それと在宅の特徴としては、診察室にいて患者さんがきてくれて、みんなよそゆきの格好をしているからみんな同じように見えるけども、家に行くとびっくりするくらいその暮らしぶりは違うんです。「こんなところで、こんなふうに暮らしていらっしゃったんだ」とか、そこにある写真とか大事にしている何かとかが見えてくるから、その人の暮らしや人となりや今までの生き方といったものも吸収できるんですよね。
五味・國居
わかりますね〜
遠矢
それは在宅医療をはじめた当初、ぼくにとってはある意味ショックだったっていうか、「患者さんたちってひとりひとりこんなにも違うんだ」って見せつけられて、だったら僕もそれに合わせて医療を組み立てていかないといけないんだって気づいたんです。この人は黙ってても毎日血圧を測ってくれるけど、この人は言ってもやってくれない人だとか(笑いながら)。患者さんの生き方や暮らしが見えるのも、在宅医療ならではっていう感じがしています。それがぼくにとって面白くもあり難しくもあり、とても好きなところですね。
在宅医療を受けたいとき、どうしたらいいの?
―― 「在宅医療に興味があるけど、相談したり受けたりするにはどうしたらいいの?」って思っている人って多いと思うんです。そのあたりはいかがでしょうか?
遠矢
ぼくたちが働く世田谷区という地域では、在宅医療をやっているクリニックは結構増えていて。でも、街を歩いていても全然見えないですよね。看板が出ているわけでもなかったりするし。
五味
地域包括支援センター(世田谷区では、あんしんすこやかセンターと呼ばれている)の人は、担当地域の医療情報をよく知っていますよね。訪問看護や訪問介護といった介護のサービスを受けるためには「介護保険」という保険制度が関わってくるけど、そういう手続きのことなども無料で相談に乗ってくれます。
遠矢
もし病院に入院中なら、「退院支援」とか「医療相談室」とか呼ばれる部門があって、そこに相談員さんがいるんですよね。「ソーシャルワーカー」と呼ばれる職種の人たちなんですが、そこで紹介してもらうという方法もあります。病気のこともわかった上で紹介してもらえるから、例えば、癌の痛みのコントロールが上手なクリニックを紹介してもらえたり、リハビリが強い訪問看護ステーションを紹介してもらえたりとか。自分の体調に合わせて選んでもらえるかもしれません。
國居
すでに介護保険制度を受けていて、担当のケアマネジャーや訪問看護師がいる場合は、それぞれ連携している医師がいたりするので、そういう人に相談してみるのもいいかもしれないですね。地域によって違いますけど、民生委員の人がつないでくれることもあるみたいです。
―― 住んでいる地域で訪問診療をやっているクリニックを見つけたら、直接電話をかけて相談してみる、という方法もありますね。困りごとを解決する道筋を助言してくれたりします。
國居
在宅医療という存在を知らずに、必死に病院へ通っている人たちもいますからね。病院の医師が在宅医療のことをよく知らなくて紹介できなかった、ということも実際ありますし。病院の医師の皆さんにももっと知ってほしいなって思っています。